夕暮れ時は

師走の週末。

藍鼠色の空に星がひとつ輝き始めたことに気づき、腕時計に目を落とす。

文字盤にはデジタルで「17:15」という数字が白抜きで浮き上がったが、私は「5時か…」と呟いた。

住宅街の中をゆく道はミミズのようにゆっくり蛇行し、なだらかな上り坂だった。

静かな道の両脇には、何軒もの家が肩を寄せ合っていたが、窓に明かりの灯る家は意外と少なく、人の気配が感じられなかった。

すると私はその道と街の景色が、染められた空の色と相まって、思考の中に突然差し込まれたサブリミナルなモノクロームの遠い記憶のように感じられた。

 

寂しさを、寂しさと自覚することもできず、その中にいた私。

その心の揺らぎを、言葉にすることもなく、乾いた瓶の底に沈めていた私。

とうの昔に鍵をかけられ、ただ時間だけが流れ過ぎ、幾層もの苔に埋もれた瓶。

 

夕暮れ時はさみしそう

とってもひとりじゃ

いられない

 

瞬きする程の間に、脳裏に流れた記憶の断片。

 

「ファイト〜」

不意にその時、ぼんやりとした闇に包まれた道の先から明るい声が聞こえた。それはこの道を向こうから歩いてくる二人の学生の声で、肩にラケットのケースを掛けているところから、おそらく部活帰りなのだろう。

二人はコロコロと笑い合い「ファイト〜」「ファイト〜」と練習中の掛け声を繰り返しながら歩いていた。

 

急に目の前の景色に色が差し込まれる。

ピントのボケた画面が目の前の現実にフォーカスし、我に返る。

夕食の準備をしている匂いと音が、不意に私の肩をたたく。

ゆっくりと光が点滅する2階の窓の奥に、クリスマスツリーの影が見える。

無機質に見えていた世界の歯車が、急に動き始める。

 

私はまだその上り坂の途中にいた。

私は「よし」と小さく呟き、結んだ口角をクイッと引き上げ空を見上げた。

そこには数分前に見つけた星が、さらに色を深めた空で輝きを増していた。

その星に向かうかのように、歩き出す足に力を込め、道の傾斜や地面の硬さを感じ、私は再び進み始めた。

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